人の未来を創造する “Human Augmentation (人間拡張)”
21世紀のハイテクノロジーがもたらす人のアップデート
DX は、2004 年にスウェーデンのエリック・ストルターマン教授が提唱した「IT の浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念に端を発している。実際、デジタル技術の普及によってわれわれ人間の身の回りのものは便利になった。DX は言わば” 道具” の進化だ。そしてそれは人々のライフスタイル、そして価値観さえも変えてきた。
スマートフォンの出現により一変したローマ法王のコンクラーベ(法王選挙)の様子はそれをよく示している。2 枚の写真が意味するのは、単にスマートフォンが普及したことだけではない。2005 年にもカメラは存在したが、荘厳な雰囲気からか誰もカメラを向けていない。ところがスマートフォンの登場によって写真を撮って周囲に共有することが日常化し、人々の価値観を変えた。崇敬の対象であったローマ法王が、カメラで撮影され、その写真を仲間に気軽にシェアされる対象になったのだ(図1)。
このように、道具の進化がわれわれのライフスタイルや価値観、さらには文化にも影響を与えてきた。
しかし、道具がすさまじいスピードで進化する一方、人の身体的・心理的性質は1 万年前からほとんど進化しておらず、道具の進化がもたらした社会・環境に追い付いていないという研究がある。人の身体的・心理的性質は、生まれながらに持つ生物的・遺伝的な性質と、環境によって形成される性質がある。このうち、主に前者に焦点を当てて人の心理や行動様式をひも解く学問が「進化心理学」と呼ばれる分野だ。イギリスの進化心理学者であるサトシ・カナザワによると、人間の進化は非常に長い時間をかけて徐々に起きるため、1 万年前にアフリカのサバンナで過ごしていた頃からほとんど進化していないという。
例えば、現代人の多くが肉やケーキなどの高カロリーな食事を好む傾向にあり、肥満や糖尿病に悩まされている。これは、人の進化の歴史のほとんどを通じて、十分なカロリーを摂ることが深刻な課題であったことから、高カロリーの食べ物を好むように味覚が形成されており、それが現代人にも引き継がれているためだ。そのため、道具や社会が発展し、食べ物に困ることのない現代社会においても、人の味覚の再形成が追い付いておらず、その歪みが肥満や糖尿病などの生活習慣病として表れている。
しかし現在、人そのものをアップデートする“Human Augmentation” を実現するテクノロジーが出現し始めている。DX が道具の進化ならば、Human Augmentation は人そのものの進化だ。例えば、先ほどの高カロリーなものを好む味覚についても、自分で好きなように編集できる可能性を秘めており、肥満や糖尿病の原因になっている人そのものの性質を変化させ得る。
そしてこれを可能にしているのが、NBIC(ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、IT、コグニティブサイエンス〈認知科学〉)と呼ばれるものだ。これは、2000 年代初期に米商務省と全米科学財団が、“ 人間の能力向上のための21 世紀のハイテクノロジー”として提唱したテクノロジー群の総称である。
このうち、情報技術の発展については、DX の進展から多くの方が実感していることだろう。さらに近年、この情報技術の発展にけん引され、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、認知科学といった分野も著しく進展し、これらが組み合わさることでHuman Augmentationを実現する土台が整ってきた。これらのテクノロジーによって、人はどのようにアップデートされていくのだろうか。
Human Augmentationがもたらす人の5つのアップデート
東京大学大学院情報学環の暦本純一教授らによると、 Human Augmentation によって拡張される要素は、存在、身体、知覚、認知の 4 つがあるとされている。
ここから着想を得て、Human Augmentation によってアップデートされる要素を再整理してみたい。 まず、Human Augmentation によってアップデートされる要素は……
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