価値共創によるパラダイムシフトと次世代マーケティングの兆し

デジタル・イノベーション・ラボ 高木 翔平
現代マーケティングを揺さぶったサービス・ドミナント・ロジック。「すべては顧客と価値共創するサービス」と捉える北欧学派の思想はCXやLTVなどマーケティングの一大潮流を巻き起こした。この共創パラダイムは多くの企業にコモディティ化の淵からの浮上機会を与えた一方、価値の共通尺度化に伴う課題も生んだ。次世代マーケティングに求められるであろう変革の萌芽は、既にマーケットに現れている。

マーケティングの2大テーマ「顧客」と「価値」

 ビジネスとは何か、またその目的は何か、この問いに躊躇なく明瞭に答えるのは一流の経営者でもおそらく難しいことであろう。「”Why” から始めよ」はビジネスの基本となったが、企業にとって基本的な問いであるこれらには、一般的な共通解は今のところない。昨今のESG 投資などを見てみれば、必ずしも経済的指標、すなわち、売上や収益だけでないことは明白である。


 しかしながら、指針が何もないというわけではない。経済学者のミシガン大学のジェームズ・ウォレッシュらはビジネスが追求すべき価値を類型化し、コレクティブ・バリューという概念を提示した。そして、これを最適化することがビジネスの目標ではないかと投げかけている。この主張に倣えば、少なくとも何かしらの「価値を生み出す/高めること」、をビジネスの目的の一つとして含めることに違和感は覚えないのではないだろうか。


 そして、この「価値を生み出す/高めること」を投影しているのが、ここで主題となる「マーケティング」であると考える。


 ビジネスにおけるマーケティングについては、古今東西の学者による理論や通説から、著名人が謳う秘訣、時代の成功者が語る流儀まで数多の主張が発信され、様々な議論が展開されてきた。これらを総括することは最早、無謀に近いと言っても過言ではない。しかしながら、今日において特に以下の2 つのテーマは、マーケティングを論ずるにあたって必ず持ち込まれるのではないだろうか。「顧客」と「価値」である。


 マーケティングの定義について、アメリカマーケティング協会では『顧客、…(略)…にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである』としている。顧客にとっての価値が、その定義のコアとなっていることがわかる。また、“ 経営学の父” ことピーター・ドラッカーは少し見方を変え、『マーケティングの目的はセリング(単純販売活動)を必要なくすることである』と述べた。これも「顧客」とそれらの人々にとっての「価値」が成立していれば、バナナのたたき売りのような一方的なプロモーションは不要であると言い直せる。


 では、ここでいう「価値」とは何であろうか。これについて顧客起点で語りやすいモデルとしては、デイヴィット・アーカーらが用いている機能的価値、情緒的価値、自己実現価値、社会的価値が適するであろう。ちなみに、このモデルは今でも人間の欲求について引用されるマズローの自己実現理論と共通の考えに基づく分類となっている。(図1)


 次に、マーケティングにおける「顧客」については”マーケティングの父” ことフィリップ・コトラーの考察を参照するのが最も良いであろう。彼のマーケティングの捉え方の変遷は、顧客だけでなく同時に価値の変遷についても的確に描写している。マーケティングが企業が生み出す製品から顧客が創り出す価値へと移ってきた、という主張は一人のビジネスパーソン、または一人の顧客として抱く実感と大きなズレは覚えない。


 「顧客」と「価値」の変遷については様々に解釈できるものであり、一概には言えないが、以下2 点については一般的に言えることとして差し支えないであろう。


・マーケティングにおける「顧客」の存在感が強まり、企業の顧客へのアプローチも「消費者」としていかに購買を一方的に促進させるかではなく、「生活者」としてどのように良好な関係を構築・維持していくかに変化していったこと

・一方、顧客側も機能的価値に加え、情緒的価値、さらに自己実現価値などといったよりハイコンテクストで高次なものを「価値」として着目するようになっていったこと


 実際のところは、両者は “ 鶏と卵の関係 ” であり、相互作用の変遷といえる。


 いずれにせよ、今日のマーケティングにおいて「顧客」と「価値」の追求は不可避なのだ。

現代マーケティングを揺さぶった「サービス・ドミナント・ロジック」

 これら「顧客」と「価値」の観点で重要な発見であり、かつ今日のマーケティング実践の基礎となっている重要な思想がある。21世紀初めに北欧で登場した「サービス・ドミナント・ロジック(SDL)」である。現在に至るマーケティング研究は……

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